今日もまた

今朝は朝食を済ませ、2度目畑から植え用の「ネギ」を持ち帰り、きれいに整理しやっと一服していると、例によって「広兼邸へ行ってみよう」と。私は今日は朝から精出したので一日ゆっくりしたいけれど言うようにしないとご機嫌を損ねるので(お守りが大変)出かけることに・・・
高梁から随分遠い。途中、こんな山道車が通るのかしらと思うようなところで検査官が「道が違う」といいつつも車を反転させることもできないような道を30分程度走ったらやっと到着。それにしてもあのような山奥によくもまあ~立派な建物を。どのくらいの歳月を要したのかしらね。
b0110531_1422227.jpg玄関を入って右側に客間が二間。先客がいたら待つ客間(控間とはまた違う)
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その奥が本来の客間(柱が邪魔)b0110531_1426518.jpg
離れの客間。左には茶室がありました。
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江戸時代後期の建物で、高梁市の指定文化財です。広兼氏は大野呂の庄屋で同家二代元治が小泉銅山とローハ(ベンガらの材料)を営み巨額の富を得て建築されたもの。特に1810年に作られた石垣は見事なものです。
 家の間取りを見ていて不思議に思ったのですが、「女中部屋」は母屋の奥に板の間。そして「下女部屋」(畳敷)は門を入ってすぐ左に「下男部屋・番頭部屋」トイレのようなものを挟んで「下女部屋」ありました。女中と下女はどのように違うのかしら?
そして離れた場所にあるのはなぜかしら?
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by richannnakaharam | 2011-07-16 14:47  

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